祭りの前 その3

2010年07月07日 11:41

祭りの前 その3 祇園会VS祇園祭

以前、祇園会(ぎおんえ)が始まったのは300年以上前というお話をしましたが、その祭りは御尊体を乗せたお神輿の運行だけでした。 当前門前の人たちの参加がなくてはできなかったでしょうが、それは言ってみれば’成田山のお祭り’だったわけです。 それが江戸時代後期になって門前付近の町内(本町、仲町、上町、田町)4つがそれぞれ山車を造り、祇園祭(ぎおんまつり)という形で、神輿の渡御とは関係なく、自分たちの祭りを始めました。 その後、幸町、東町、花崎町の3町が加わり、7町となり、更に昭和40年代に加わった土屋と囲護台を合わせて現在では9町参加になりましたが、祭り全体を仕切る『当番町』は依然として、旧7町の持ち回りです。 新参者はまだ当番町にはさせられないというメンタリティーがあるのでしょうか? 因みに、今年の当番町は幸町です。

本町の手古舞(てこまい)さん達
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さて、成田の参道は今でこそ広くなっていますが、山車を運行し始めた当時は道も狭く、また舗装もされていなかった為、山車を動かすには相当苦労したということを聞いたことがあります。 特に仲町の坂は勾配もきつく、煉瓦か石が敷いてあったため、雨が降れば滑りやすく大変だったと思います。 でもその坂も今では一番の’見せ場’になりました。各町の山車が威勢よく駆け上がっていく様は壮観です。
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